2024-07-24 HaiPress
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私の人生を支えてくれた場所。それはレコーディングスタジオです。これまでリリースしたほとんどの楽曲をそのスタジオで制作してきました。その数は200曲にも上ります。
自宅で制作した曲の、ピアノならピアノ、ギターならギターの音と、それぞれに分けた「パラデータ」を流し込み、スタジオで再構築。自宅のパソコンで最後まで仕上げることも可能なのですが、やはり、最終的な音は設備の整ったスタジオで仕上げた方が安定するのです。
しかし、家で作るときは、「お絵かき」のようにただ楽しい時間ですが、スタジオ作業はとても根気を要します。全体のバランスや、ここはカットするなど「確認しながら注意深く聴く」時間は、単に音楽を聴くのとは異なり、とても疲弊するのです。もしかすると、書き上げた文章を目で確認するよりも神経を消耗するかもしれません。
体はじっとしているのに耳と脳だけが疲れ。じんわり汗をかき、もはや何が正解だかわからなくなる極限の状態で曲を完成させ、ヘロヘロになってスタジオを後にする深夜2時。ふと、外から見上げるスタジオのビルが、病院のように見えることがありました。
曲を作ることで、自分の精神の安定をキープしている。スタジオに「通院」することでなんとか生きていられる。もはや、スタジオ料金は医療費に該当するかもしれません。閑散としていている三宿通りの暗がりにエンジンをかける音が響きます。そんな大切な場所も、先ごろ閉鎖が決まり、これからは別のスタジオに通院することになりそうです。
また、レコーディングでは、自分の声を入れることもありますが、誰かに歌ってもらうことも多く、そういった場合にはスタジオに必ず用意するものがありました。
「わー、すごい!」
平たい黄土色の箱の蓋を開けると、まん丸のパイが現れました。ホール状なので、迫力満点。これを見ると皆目を丸くし、幸せな気分になって歌ってくれるので、レコーディングには欠かせないのです。
これこそ、スタジオの近くにある、「グラニースミス」のアップルパイ。とても可愛らいしい店構え。小さな店舗ですが、ここが本店のようです。もちろん、他の現場への差し入れとしても重宝しますし、不意に食べたくなると、ふらっと寄って箱に詰めてもらいます。おかげで、普段、ポイントカードを作らない私も、ここだけはしっかりリンゴのスタンプを押してもらい、もう何度もゴールしています。昔ながらのイングランドカスタードやクラシックラムレーズン。コーヒーとの相性もよく、スタジオ作業が深夜にまで及ぶ際にも、冷蔵庫で冷やしておいた残りの一切れを口にすると、ひんやりした果肉が疲れを癒してくれるのです。現在は、青山の骨董通り沿いや銀座にも店舗はあるようです。
その目と鼻の先には世田谷公園があり、区民の憩いの場となっています。噴水もあり、かつて「OK!バブリー」という、平野ノラさんをフィーチャリングした曲のPV撮影もしました。都会のオアシスのような存在で、いつも平和な時間が流れています。ミニSL広場やスポーツ広場、さらにタイムカプセルの丘があり、昭和57年(1982年)に世田谷区制50周年を記念して未来へのメッセージが埋設され、100周年の令和14年(2032年)に開けるようです。
差し入れでいうと、今では三宿交差点にたい焼きやさんがあり、たびたび差し入れ用にも、自分用にも購入していました。紙袋に入った温かい鯛焼きの香ばしく甘い香りが車内に充満し、現場まで堪えるのが大変です。隣接する牛丼の松屋と、対角線上にはかつて吉野家があり、イベント後の朝定食は格別でした。
三宿通りとは対照的に、国道246号沿いは飲食店がひしめき合い、所狭しと小さなお店が並んでいます。DJ仲間とイベント前に集まって、1杯引っ掛ける店もありました。特にお気に入りだったのが、熊本出身の大将が営む店で、そこは東京とは思えないほど上質な馬刺しを取り揃えていて、仕事帰りに1人で寄ることも多々ありました。残念ながらその店も今はなく、噂によるとどこかで再開したらしいのですが、まだ大将にはお目にかかれていません。
マニアックな話になりますが、国道246号の下りが渋滞の場合、ちょっとした抜け道があって、それも三宿を象徴する場所の一つ。池尻大橋駅の階段出口とガソリンスタンドの間から斜めに入る道が弧を描くように伸びていて、三宿の交差点付近までワープできるのです。タクシー運転手さんが利用する脇道で、この辺りにもカフェ・バーなどが散見されます。
余談ですが、世田谷公園からさらに都心へ向かうと、「蛇崩(じゃくずれ)」という交差点があります。ここは地域でいうと目黒区になるのですが、ミステリー小説に出てきそうなインパクトのある響き。その名の由来は諸説あるそうですが、主要道路が混み合う時の抜け道として通過するポイントで、「蛇崩経由で」は、タクシー運転手さんとの合言葉のようになっています。
環七通りから伸びる龍雲寺通りは、左右にちょっとしたカフェや飲食店があり、程よい起伏と、世田谷らしい穏やかな街並みが広がっていて、サイクリングコースとしても気持ちいいです。
三宿Webがあったビルの5階のバーからは、首都高速を彩る赤いランプの連なりが望めます。ソファに腰掛け、レコードの音に包まれながら、カクテルを傾ける夜。オトナたちがオトナを味わえる、夜の三宿が私は好きです。
次回は、8月14日(水)10時公開予定です。
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連載「東京23区物語」は、フィクションとノンフィクションが交錯する、23個のストーリー。ふかわりょうさんの紡ぐ、独特な世界をお楽しみください。記事一覧はこちら
ふかわりょう
1974年8月19日生まれ。神奈川県出身。
長髪に白いヘア・ターバンを装着し、「小心者克服講座」でブレイク。「あるあるネタ」の礎となる。現在はテレビ・ラジオのほか、執筆・DJなど、ただ、好きなことを続ける、49歳。
3月に小説『いいひと、辞めました』(新潮社)を刊行。その他の著書に『スマホを置いて旅をしたら』(大和書房)、『ひとりで生きると決めたんだ』(新潮社)、『世の中と足並みがそろわない』(新潮社)などがある。
レギュラー
TOKYO MX「バラいろダンディ」毎週月曜~木曜21:00~21:54
Fm yokohama「ロケットマンショー」毎週火曜日深夜2:30~3:00(Podcast毎週水曜7:00更新)
TBS「ひるおび!」第3・5水曜11:50~14:00
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