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担い手不足の「民生委員」は転換期か… 身近な見守り役をどう確保?記者が同行して考えた

2024-09-22 HaiPress

地域で1人で暮らす高齢者らの相談に乗り、支援が必要な場合に行政などにつなぐパイプ役を務める民生委員。大正時代から100年以上の歴史ある制度だが、担い手不足が深刻な課題だ。厚生労働省の検討会が6月に始動し、在り方そのものにも及ぶ議論がされているが不調に陥っている。制度の持続可能性を高めるには、どのように改革していくべきだろうか。(山田雄之)

民生委員地域住民の身近な相談相手で、支援が必要な場合に行政や福祉サービスにつなぐ役割を担う。民生委員法に基づき、町内会などが地域住民から候補を選び、都道府県知事の推薦を受け、厚労相が委嘱する非常勤の地方公務員。1917年に岡山県で創設された「済世顧問」制度が始まりとされ、全国各地に広まった。ボランティアのため無報酬。任期は3年で再任も可。子どもを見守り、子育て世帯の悩みを聞く児童委員も兼ねる。2022年の平均年齢は66歳。男女比は4対6。

高齢者宅を訪問し、近況を尋ねる民生委員の寺田恵子さん(左)

◆「敬老の日」を祝うメッセージカードを手に

9月に入ってもなお日差しが強かった10日の昼下がり、東京都葛飾区の青戸地区を担当する民生委員・児童委員の寺田恵子さん(64)の高齢者宅への訪問活動に「こちら特報部」も同行した。

「こんにちは。暑いですけど体調は大丈夫ですか」。寺田さんは明るい声であいさつし、玄関先に出てきた広瀬しず子さん(85)に「敬老の日」を祝うメッセージカードを手渡し、日陰で20分ほどおしゃべりを続けた。

もともと1人暮らしの広瀬さんだが昨年8月、近くに住んでいた息子家族が車で1時間半かかる千葉県南部に引っ越した。病気は患っていないが、食が細くなるなど年齢的な衰えを感じるという。周りに親族がいなくなり不安もある中、頼りにするのが寺田さんだ。

◆訪問先は約130世帯

寺田さんは民生委員になった2010年から広瀬さんの見守りをしており、夏の時期は共通の趣味である盆踊りを地元で一緒に楽しんでいる。寺田さんが「何かあったらすぐ駆け付けますから」と声を掛けると、広瀬さんは「娘のようで心強いです」と笑った。

次に向かったのは、後期高齢者夫婦が住む都営住宅。廊下で江原薗子さん(81)に近況を聞くと、夫が7月に胆管炎で手術したという。寺田さんは「早めに介護認定を受けた方がいいかもしれない。また今度相談しましょう」と提案。江原さんは「寺田さんは道や行事で会うと手を振ってくれる。顔なじみだから、話しづらい悩みも相談できます」と頭を下げた。

寺田さんが訪問する独居の高齢者や後期高齢者夫婦は計約130世帯。困り事の有無、要介護度を考えながら、多いときは月2~3回、何もなければ半年に1回のペースで見守っている。道で会ったら立ち話をしたり、自宅近くを通れば新聞がたまっていないかをチェックしたりもする。

◆「行政の目が届きにくい場所をカバー」

民生委員の活動は訪問以外にも多岐にわたる。他の委員と協力して高齢者が集うサロンを開き、児童の登下校時に通学路で旗を振ることも。試験期間中の中学生に学習場所を設ける手伝いもする。寺田さんは「長く続ける中で信頼を得られてきた。相談は不意に来るので大変なときもあるけれど、『ありがとう』の言葉や感謝の気持ちをもらえるとうれしい」。

葛飾区の担当者は「行政の目が届きにくい場所をカバーしてくれている。民生委員は区民と区をつなぐ架け橋で、高齢化社会が進む中で大切な存在」と話す。

◆担い手不足で転換期に?

100年以上の歴史ある民生委員制度だが、全国的に担い手不足が深刻化しており、今年中にも転換期を迎えるかもしれない。

3年おきの一斉改選時で見ると、定数に対する充足率が20年以上前から徐々に低下。直近の2022年は前回から1.5ポイント減の93.7%。定数計24万547人のうち欠員は1万5000人超に上る。

◆民生委員法の改正には賛否真っ二つ

担い手を地域住民に限っている要件を緩和し、別の自治体から通勤する「在勤者」も対象にできたら、課題解消につながるのではないか。

東京23区の区長でつくる特別区長会のこんな提案が閣議決定され、厚労省は6月、民生委員の団体や自治体で構成する検討会を発足。「18歳以上の日本国民で、市区町村に3カ月以上居住している」ことを条件とする民生委員法の改正を視野に、要件を緩和する方向で議論を始めた。だが7月にあった第2回までに、構成員の意見は賛成、反対の真っ二つに割れた。

自治体側は緩和を求める。全国を大きく下回る86.1%の充足率で、特別区長会に意見した東京都港区が中心となった。タワーマンションの増加に伴う町会や自治会の衰退、近所付き合いを避ける風潮、高齢者の就業率の上昇を挙げ、「適任者が見つけられず、欠員が続けば区民サービスの低下を招く」と報告した。

東京・港区の催しで展示する活動PR用のパネルを選ぶ民生委員たち=東京都港区役所で

マンションの管理人やコンシェルジュに民生委員を担ってもらう未来像を示しながら、地域で活動する在勤者を引き入れたいと訴え、他の自治体も「欠員期間中の特例措置として」「十分に時間を確保できる場合」などと条件や考慮する点を挙げて賛成した。

◆「隣人愛をもって」が信条

一方、民生委員側は全ての団体が反対した。休日や夜間の見守り対象者の急変時の対応、災害発生時の安否確認や避難所開設への協力が求められるが、在勤者では「困難が想定される。遜色ない行動ができる条件があるのか」と疑問視。

強調したのは、民生委員児童委員信条がうたう「隣人愛をもって」との考え方だ。地域で共に暮らすことで信頼や相談しやすい環境が生まれ、細やかな支援ができるとして、要件緩和は「制度の趣旨や成り立ちに合わず、本質を歪曲(わいきょく)する」と主張。別の担い手確保策として、業務負担の軽減、候補を推薦する母体の拡大強化などを提案した。

厚労省は当初、10〜11月に結論を取りまとめるとしており、今月予定していた第3回で素案を示すはずだった。だが検討会は開かれず10月以降に持ち越しに。同省の担当者は「にっちもさっちもいかない。落としどころが見いだせず、素案を出せる状況にない。再度の議論の場を設けるかを含め、日程を調整している」と取材に明かした。

民生委員・児童委員のPRポスター(全国民生委員児童委員連合会のホームページより)

◆「担い手不足の根源は、負担の過多に」

混迷を極める要件緩和の行く末だが、港区の民生委員・児童委員協議会の田中泉会長(66)に尋ねると「提案は寝耳に水だった。影響を受けるのは地域住民で、在勤者を入れるのは反対だ」という。

民生委員制度に詳しい新潟医療福祉大の青木茂教授は「あて職も多く、行政などに『何でも屋』のように頼まれやすい。候補者探しも地元に丸投げの場合も多い。担い手不足の根源は、負担の過多にある」と指摘し、「民生委員を取り巻く環境を見つめ直さないまま、居住要件という制度の根幹に関わる変更は一足飛びな印象を受ける」と語る。

ルーテル学院大の市川一宏名誉教授(地域福祉学)は「今回の提案は、民生委員が取り組む住民の支え合いの地域福祉モデルとは異なる。法改正ありきでは、制度の持続可能性を高めるという目的から逸脱する恐れがある」。今後の検討会について「民生委員側が出した担い手不足の原因や解決策も参考に、行政が活動を支援する仕組みづくりを含め、ていねいに議論してほしい」と提言する。

◆デスクメモ

マンションの掲示板で民間の高齢者見守りサービスを紹介するチラシを目にした。サービスへの需要は今後も増加するだろう。だが、資力に差がある中、民間の有償事業だけで十分とはいえまい。身近な見守り役として民生委員の意義はある。難題だがよりよい在り方を探ってほしい。(北)

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