2025-11-21 HaiPress

イラスト:なかむらるみ
井の頭線渋谷駅の神泉側に小さな改札口がある。マークシティができてから、随分きれいな感じになったけれど、ガード下の出入口は“裏駅”の風情があっていい。目の前にあるヤキトリの「鳥竹」を訪ねようと思っているのだが、まずはあたりを散策しよう。

井の頭線渋谷駅から延びる、通称「ウェーヴ通り」。渋谷マークシティの南に並行し、居酒屋などが多く並ぶ。
246(玉川通り)側のマークシティの脇の急な坂を上っていく。グーグルマップによると、この道にも「ウェーヴ通り」なんて名前が付けられているようだが、ひと頃まで傍らの棟の内部には地下鉄銀座線の車庫があり、僕が学生だった1970年代の頃は車庫も野天で、黄色い銀座線の電車が何両も止まっているのが見えた。反対側はその昔“連れこみ宿”などと呼ばれたラブホテル街で、それより少し前の60年代のアクション映画を観ていると、渋谷場末のこの辺はよくケンカのロケシーンに使われている。
ラブホテル街だった横道のマンションの地階に70年代の終わり頃にオープンした「ラ・ママ」は、シャンソンなんかの音楽ショーとともにコント赤信号の渡辺正行さんが主宰する新人コントや漫才のライブをよくやっていて、何度か観に行った。渋谷中央通りと名づけられた南側の坂道斜面に存在したのが力道山の経営で知られたリキスポーツパレス。プロレスやボクシングを見せるホールやレストラン、サウナ……などを収容した娯楽ビルで、王冠をイメージしたドーム屋根が載っかったシンボリックな建物だったが、いまは満酒なマンションに変わっている。クネッとカーブする坂を下りていくと、裏渋谷っぽい飲み屋や小型のカラオケ店が目に付くようになってくる。いまはこのあたりまで町名は道玄坂だが、かつては大和田横丁(町名も大和田町)と呼ばれる渋谷駅西の繁華街だったのだ。

有名アーティストを数多く輩出してきた老舗ライブハウス「渋谷La.mama」。
「古本」の看板だけ残した、昔の渋谷古書センターの前を通って、井の頭線の駅前の「鳥竹」の前までもどってきた。時刻は午後3時だが、店前にはもうもうとヤキトリの煙が漂い、すでにデキあがった客の話し声が聞こえてくる。
ヤキトリで一杯……の気分の店ではあるけれど、今回はここのチキンライスを目当てにしてきた。以前、西荻窪のムーハンでシンガポール式のチキン(蒸し鶏)ライスをいただいたけれど、こんどはいわゆる日本洋食のケチャップ味のチキンライスだ。玄関の脇の年季が入ったショーケースにサンプルが掲げられているが、銀色ステンレスの楕円の皿に舟型の成型されたチキンライスが盛りつけられている。

「鳥竹総本店」の1階。カウンターにおひとり様のお客様が並んでいて、思い思いに昼飲みを楽しんでいる。
主役のチキンライスをいただく前に、この「鳥竹」の歴史を店長から伺う。間島呂(とも)尚(なお)という現店長は3,4代目にあたる。36歳の彼の祖父・間島武俊さんが東京オリンピックの前年、1963年(昭和38年)にここで店を開業した。
2本の竹をスキー板に見立てて、鳥が上に乗っかった……ロゴマークがいまも使われているが、これは武俊の名に彼が好んだ竹(しなやかで強い)を重ねたものらしい。
「この辺のヤキトリ屋では1番古い。渋谷で開業するまで祖父は、浅草の鮒(ふな)忠(ちゅう)さんで店を任されていたんですよ。」
ヤキトリとともに、ウナギが看板に掲げられ、テイクアウトの弁当もやっているあたりは「鮒忠」の流派という感じだ。
「鶏は国産ブロイラー。ともかく、ヤキトリは大衆の食べ物。とりすました高級店が増えていますけど、ウチは大衆居酒屋のプライドをもってやっています。」

お目当ての「チキンライス」(1100円)。お店の看板商品「やき鳥盛り合わせ5本」(2000円)と瓶ビールも一緒にいただいた。
ハキハキと滑らかに話す店長、何かの営業マンのようなことやっていた方なのかな……と想像していたら、体育大学で学んだ後、小学校の先生をされていたらしい。
さて、チキンライスは思ったとおりの正統ケチャップ風味で、さすがにトリ屋だけあって胸肉がゴロゴロ入っている。炒めタマネギの甘味とトリから出たと思しき脂がケチャップライスによくなじんでいる。妙な感想だが、これは少し冷めてしまった味もおいしいはずだ。
平日3時過ぎの店内(1・2階、地階)は、渋谷らしい若者からオールドファン風の中高年……客層は広い。近頃の夜間は半数くらいが観光の外国人になるという。
◆◆◆

住所東京都渋谷区道玄坂1-6-1
電話03-3461-1627
営業時間12:00~23:00
定休日なし
※掲載したお店や施設の臨時休業および年末年始・ゴールデンウイーク・お盆休みは営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
※2025年11月21日時点での情報です。
※料金は原則的に税込み金額表示です。
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泉麻人コラムニスト

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
なかむらるみイラストレーター

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に、月刊たくさんのふしぎ『かっこいいピンクをさがしに』(福音館書店)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。泉さんの本では『東京ふつうの喫茶店』『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京 のらりくらりバス遊覧』『続・大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などでイラストを担当している。
https://www.tsumamu.net/
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